お侍様 小劇場 extra

     花びら、ひらひら? 〜寵猫抄より (お侍 拍手お礼の五十)
 


お陽さま ぴかぴか、いい天気。
スリッパ ぱたぱた、シチ元気。
お外は、どうやらほかほかみたいで、
でもでも、ちめたいお窓は重たいから、
小さな仔猫には到底開けられない。

 「うにゅ〜〜い。」

窓からさし入る陽光で、板張りのリビングは ほかほか。
まるで、いい子でいたご褒美みたい。
くるみ色の床へと落ちる陰は濃く、
蜂蜜色の陽だまりの中にちょこり座す仔猫の毛並みは、
甘く暖められた淡い綿毛がけぶるよう。

 『ちょっとだけ待ってておくれね?』

朝からのずっと、ご飯食べてからのずっと、
やんちゃな仔猫と遊んでくれてたシチは、
今だけお昼ご飯の支度にキッチンへと立っててて。
青菜を刻む軽快な音と、おかかの香ばしい匂いがしてたから、
浅漬けをご飯に和えて作る菜飯と、
温泉玉子に、干しえびでおだしをとった澄まし汁。
手早く作れるその上、食べやすいものをとチョイスしているらしい。
そうそう、そう言えば、
島田せんせいは、一昨日から読み切り原稿のラストスパート中。
前後編の幻想ファンタジーで、
人を誑
(たぶら)かす様々な邪妖を相手に退治して回る、
神通力に長けた侍のシリーズもの。
尾羽打ち枯らした浪人風の壮年と、
謡い名人で妖しい美貌な若いのの二人連れなのが、
すぐ前の作品では小さな仔猫の使い魔を仲間に加えたばかり。

 『これってモデルがいるんじゃあ…。』

編集の林田さんが何か言いたそうなお顔をしてたっけ。
そんな詳細までは当然知らない小さな仔猫。
いい匂いがして来たのへ、お鼻を上へと立てて見せ、
軽く眸を伏せ、クンクンクンと、
いいによいだなぁって うっとりしてたら、

 「…っ。」

パタパタパタって、お元気なスリッパの音がした。
つやつやの金の髪、うなじのところで きゅうって結わえたシチが、
お台所から小走りに駆けて来て、

 「にあ。」
 「あ、久蔵。もうすぐ出来るからね。」

やさしいお顔を、待っててねと にっこしほころばせ、
きれいな手を延べると ちょんちょんと、
小さな坊やの頭を撫でてくれる。
出窓のところに据えてある素焼きのプランターの方へと向かう彼であり。
陽あたりのいいそこに、今は三つ葉とパセリを育てているので、
澄まし汁の仕上げに入れるのにと摘みに来たらしい。
遊んでいたの中座して、立って行ってからほんの十分も経ってないから、
相変わらずに手際のいいこと。
そんな彼の軽やかな駆け足を見送った久蔵だったが、

 「…っ。」

おやや?
シチの腰のあたりから、
ひらひらとお尻尾が下がってるぞ?と気がついた。
ユラユラひらひら、長いのが揺れてる。
それを見て、にゃにゃっと小さな肩が撥ねたのは、
猫としての本能の現れか。
それまで見ていた窓のお外への関心もどこへやら、
視線を奪られたそのまんま、ひょこり立ち上がると、
待って待ってと追いかけ始める。

 「…っ、…っ。」

坊やと比べれば、随分と背の高い七郎次お兄さん。
脚が長いので、腰の位置も高くって。
小さな小さな手を延べて、
よーいちょよいちょと追いかけても、なかなかお尻尾の先へは届かない。
全くの全然というんじゃあなくって、
あとちょっとで届きそうなのが、
却って仔猫を“おいでおいで”と誘っているようで。

 「にあ、にゃあっvv」
 「え?」

とたとた とたとた、
よいちょよいちょと、ふくふくしたお手々を延べての、
覚束ない足取りで追っかける姿も愛らしく。
後追いされてた当のご本人が、
あれれえ?とやっと気がつき、立ち止まったその途端。
長い御々脚へ、真後ろからばすんと全身で体当たりしていたり。

 「きゅ、久蔵?」
 「みゃ…。」

さほどの速度があった訳じゃなし、それでも反動はあったようで。
重心の高い幼い身が、あわわと後ろへたたらを踏んだ。
小さなかかとで2,3歩あとずさり、
そのままお尻から すてんと転びそうになったものの、

 「おっと。」

一部始終を見ていたらしい、
もう一人の家人が駆けつけていて。
ころんと転びかかってた小さな総身を、
実にお見事な手際で受け止めておいで。

 「勘兵衛様。」
 「鬼ごっこか?」

大きな窓越し、明るいお庭を背景に、
何とも微笑ましい二人の歩みようが目に入り、
おやまあと眺めておいでだったようで、

 「いえ、私も気づかなかったので。」

きっと他の人の目があったなら、
お膝にも届かぬ小さな仔猫、
後足で立っちしてまで、えいえいと追ってた姿と映っただろう。
そんな久蔵が追っかけた、七郎次の“お尻尾”の正体は、

 「エプロンの紐、でしたか。」

ちょっぴり だらしないことだったけど、
そろそろ仕上げとあって外しかけていたそれで。
そんな手を止め、あ・そうだ 三つ葉、と思い出しての行動だったため、
中途半端な恰好のままで、歩き回ることとなってしまったらしい。

 「にあ、にゃあvv」

そうなの、これがヒラヒラしてたのよと。
勘兵衛の大きな両手の中に くるんと小さな肢体を収めたまんま、
七郎次がお顔の前へまで持ち上げてくれた紐の端っこへ、
小さなお手々を伸ばしつつ。
何でもう動かないの?とでも言いたいものか、
赤い双眸 きょろんと瞬かせて、
愛らしいお声で“にゃにゃあ”と鳴いて見せ。

 「蝶々みたいに見えたんでしょうか。」
 「さてな。猫は動くものへと惹かれるからの。」

  雪がちらついた折もそうだったろう。
  そうでしたね、じゃあ今度は桜の花も追っかけますかね。

天気予報やニュースでも、今年の桜は早いと言ってる。
四月に入ればすぐにも咲くと。

 「最初の日曜あたりが見ごろかの。」
 「どうでしょうね。
  寒の戻りも続いてますから、満開へはもうちょっとかかるのかも。」

アトムのお誕生日くらいじゃないですかねと、
妥当な辺りを推理した、敏腕秘書殿のお見越しへ。
原稿はどうやら仕上がったらしい島田せんせい、
久蔵を連れて、林田くんも誘って、
その辺りで花見に行こうかと、そりゃあ楽しそうに仰せになった。
きっと久蔵には初めての桜だろうよと、
目許たわめて勘兵衛が微笑い。
そうですね、今度はどんなお顔をするのでしょうかと、
大人二人の笑顔に挟まれ、キョトンとしている幼子へ、
七郎次が柔らかな髪を撫でてやりつつ、くすすと微笑う。

 「お花見だってよ、久蔵。」

すべらかな頬をちょちょいと突つかれ、
今はまだ丸みと潤みの強い、
玻璃玉のような双眸、きょとりと瞬かせ、
うにゃ?と小首をかしげた愛らしい和子へ、
色白なお兄さんが うううと口許へ拳を当てるのももはやお約束。
何とか“惚れてまう”の発作を押さえ込み、
さあさ ご飯に致しましょうと、
キッチンへと向かう皆様で。


  ―― ああ、四月が楽しみですね。
      桜にも皆様にもやさしい日和の、いいお天気が続くといいですね。




  〜Fine〜  09.03.29.


  *桜の開花が何かというと話題に上ってますが、
   ウチでは、ジンチョウゲがそういやまだ、
   咲いてないんじゃないかいというのが話題になってます。
   そんなはずはなくって、
   父が早々と刈り揃えてしまったので、香りが立たなかったんですね。
   まったくもうもう、何てことしてくれるっ。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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